11-2 グリュンフェルト:ピアノ作品集 [CD]
今日は、12月に母が送ってくれたりんごがちょっと元気をなくしてきたので、ジャムを作ろうと思い立ち、例によって台所でこのCDを聴きながら、ことことリンゴを煮込みました。
休日のひととき、なかなかステキな時間の過ごし方だなぁ と一人でご満悦。
*****
アルフレッド・グリュンフェルトって誰?
私は知りませんでしたが、19~20世紀初頭のウィーンで、ピアノのヴィルトゥオーソとして一世を風靡した人らしい。
ピアニストとしての演奏は録音が残っているし、ヨハン・シュトラウスのワルツをピアノ用に編曲したトランスクリプションは知られていた――らしいですが、作曲した作品はほぼ忘れられていたそうな。
その大きな理由は、彼がユダヤ人で、ナチによって作品が上演禁止の憂き目にあったから。
戦争が終わったときには彼はもう亡くなって久しく、復活の機会を逸してしまったようです。
こんな不幸な運命を甘受しなければならなかった音楽家は、多分、彼のほかにもたくさんいるに違いない。
1852年プラハ生まれ、13歳ですでに神童としてコンサート・デビュー。
20歳で移り住んだウィーンがよほど居心地が良かったのだろう、1924年に亡くなるまで演奏旅行以外はこの街を離れなかった。
ヴァイオリンのクライスラーと並び称される人気を博したといい、オペラの作曲でも成功を収めているが、やはり主なジャンルはピアノ。
ソナタとか変奏曲といったオーソドックスな大曲もあるのかもしれないけれど、このCDを聴くかぎり、ワルツ、セレナード、ロマンス、「アルバムの綴り」といった、サロン・ピースが得手だったらしい。
と、こういったことはみんなCDの解説に書いてあります。
ウィーン楽友協会資料館長のオットー・ビーバさんの解説(そして小宮正安さんの翻訳)は、簡にして要を得て、素晴らしいです。
華麗なるサロン・ピースなどと書くと、中身のないイージー・リスニング音楽かと思われそうですが……
グリュンフェルトの音楽は、そういうのとちょっと違うようです。
聴いていて飽きるということがありません。
一体どうしてだろう、なんだろうこの音楽は? と思うので、1回ぜんぶ聴き終わったあとで、またプレイボタンを押してしまう。
そんなことを、この2週間ばかり繰り返しています。ゆうに30回は聴いているんじゃないだろうか。
多分、譜面づらはそんなに難しくないと思う。
でも演奏効果は非常に高い。いわゆる「弾き映えのする」曲。
「華麗な」音楽だけど、大向こうを狙った派手さというより、非常に上品で知的なセンスを感じさせる。
譜面は易しくても、これを音楽として聞かせるには、ピアニストにかなりの技量と想像力を要求するのではなかろうか?
このCDは、曲もいいけど演奏もすごくいいのに違いない……
などなど、聴きながらいろいろ考えるのが楽しい。
多分、演奏のドリス・アダムさんも、グリュンフェルトの音楽が肌に合ったのでは。
ものすごく楽しそうに弾いている。
だから、聴いていると自分も弾きたくなってくるし、踊りだしたくなるようなワクワク感が随所にあふれています。
このCDはデザインもとても印象的で、聴く前からすごく気になっていました。
Peter Severin Kroyer という人の絵(1893)だそうです。
ウィーンの音楽に、どうして浜辺の風景? と思ったけれど、音楽を聴いて納得できたような。
グリュンフェルトの音楽は、きれいな空気と素晴らしい景色を愛でながら、自然のなかをゆったり歩いていくような、(このジャケットの絵のような)音楽なのでした。
CD解説には、グリュンフェルトの肖像、ムジークフェラインで行われた彼の最後のコンサート(1923)の様子など、貴重な写真(質もとても良い)が掲載されていて、聴いて楽しく、読んで楽しいアルバムになっています。
さて。
モーツァルトの音楽を聴かせて醸成したワインは格別美味しいのだそうな。
グリュンフェルトを聴きながら煮込んだ、りんごジャムのお味はいかに?
休日のひととき、なかなかステキな時間の過ごし方だなぁ と一人でご満悦。
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アルフレッド・グリュンフェルトって誰?
私は知りませんでしたが、19~20世紀初頭のウィーンで、ピアノのヴィルトゥオーソとして一世を風靡した人らしい。
ピアニストとしての演奏は録音が残っているし、ヨハン・シュトラウスのワルツをピアノ用に編曲したトランスクリプションは知られていた――らしいですが、作曲した作品はほぼ忘れられていたそうな。
その大きな理由は、彼がユダヤ人で、ナチによって作品が上演禁止の憂き目にあったから。
戦争が終わったときには彼はもう亡くなって久しく、復活の機会を逸してしまったようです。
こんな不幸な運命を甘受しなければならなかった音楽家は、多分、彼のほかにもたくさんいるに違いない。
1852年プラハ生まれ、13歳ですでに神童としてコンサート・デビュー。
20歳で移り住んだウィーンがよほど居心地が良かったのだろう、1924年に亡くなるまで演奏旅行以外はこの街を離れなかった。
ヴァイオリンのクライスラーと並び称される人気を博したといい、オペラの作曲でも成功を収めているが、やはり主なジャンルはピアノ。
ソナタとか変奏曲といったオーソドックスな大曲もあるのかもしれないけれど、このCDを聴くかぎり、ワルツ、セレナード、ロマンス、「アルバムの綴り」といった、サロン・ピースが得手だったらしい。
と、こういったことはみんなCDの解説に書いてあります。
ウィーン楽友協会資料館長のオットー・ビーバさんの解説(そして小宮正安さんの翻訳)は、簡にして要を得て、素晴らしいです。
華麗なるサロン・ピースなどと書くと、中身のないイージー・リスニング音楽かと思われそうですが……
グリュンフェルトの音楽は、そういうのとちょっと違うようです。
聴いていて飽きるということがありません。
一体どうしてだろう、なんだろうこの音楽は? と思うので、1回ぜんぶ聴き終わったあとで、またプレイボタンを押してしまう。
そんなことを、この2週間ばかり繰り返しています。ゆうに30回は聴いているんじゃないだろうか。
多分、譜面づらはそんなに難しくないと思う。
でも演奏効果は非常に高い。いわゆる「弾き映えのする」曲。
「華麗な」音楽だけど、大向こうを狙った派手さというより、非常に上品で知的なセンスを感じさせる。
譜面は易しくても、これを音楽として聞かせるには、ピアニストにかなりの技量と想像力を要求するのではなかろうか?
このCDは、曲もいいけど演奏もすごくいいのに違いない……
などなど、聴きながらいろいろ考えるのが楽しい。
多分、演奏のドリス・アダムさんも、グリュンフェルトの音楽が肌に合ったのでは。
ものすごく楽しそうに弾いている。
だから、聴いていると自分も弾きたくなってくるし、踊りだしたくなるようなワクワク感が随所にあふれています。
このCDはデザインもとても印象的で、聴く前からすごく気になっていました。
Peter Severin Kroyer という人の絵(1893)だそうです。
ウィーンの音楽に、どうして浜辺の風景? と思ったけれど、音楽を聴いて納得できたような。
グリュンフェルトの音楽は、きれいな空気と素晴らしい景色を愛でながら、自然のなかをゆったり歩いていくような、(このジャケットの絵のような)音楽なのでした。
CD解説には、グリュンフェルトの肖像、ムジークフェラインで行われた彼の最後のコンサート(1923)の様子など、貴重な写真(質もとても良い)が掲載されていて、聴いて楽しく、読んで楽しいアルバムになっています。
さて。
モーツァルトの音楽を聴かせて醸成したワインは格別美味しいのだそうな。
グリュンフェルトを聴きながら煮込んだ、りんごジャムのお味はいかに?
2011-01-16 13:16
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